愛犬たちが見たリヒャルト・ワーグナー おススメ本の感想

 

わたしたちを取り巻くあらゆる形のいのちのなかで
犬の他には
わたしたちと盟約を結んだ者はいない

モーリス・メーテルリンク

 

 

たくさんの作品を残したベルギーの詩人のことば。

有名な作品はチルチルとミチルがでてくる「青い鳥」

本の最初のページに書かれている一言、みたいなのが好きです。

その本の核心的ことばだったり表現が書かれているので、

大げさかもしれませんが、そのひとことだけ見ればこの本がどういう内容なのか

なんとなく分かる気がします。


愛犬たちが見たリヒャルト・ワーグナー

作曲家ワーグナーを、彼が実際に人生を共にした愛犬たちの目からとらえた、斬新な表現で描かれた本です。

日本では2016年に発行されたもので、ワーグナーの人となりをそのペットから見る、というおもしろい内容です。
※尤も、ワーグナーは「ペット」という表現は嫌いなので彼の前では禁句です。

今まで歴史書などはたくさんあると思いますが、こういった視点の本はなかったのではないでしょうか?

ワーグナーの新たな一面を見られるチャンスだと思います。

 

✠楽劇王の過酷な青年期

1839年、ワーグナー26歳、“ロッバー”という犬との出会いから始まります。

この本によると、ワーグナーはかなりの動物好きだったようで、たくさんの動物たちと暮らしていたそうです。
犬はもちろん、鳥、馬など。

奥様も同じように動物を愛していたのでそこはすごく良かったんじゃないかと思います。

ワーグナー夫妻はずーっと仲があまりよろしくない印象がありますが、そういう心の根底の部分は似ていたのではないでしょうか?

趣味というか、愛を注ぐべきものが同じ対象だったわけですから。

若かりしワーグナーの過酷な極貧生活、後年まで続く亡命生活、
国から国への犬を連れての逃避行の様子などはそれはそれはおかしくて、鮮明に描かれていています。

ワーグナーの若いころはまだ作品も数少なく、今のように有名になる前でしたので、生活はかなり過酷だったようです 。

パリに行って一華咲かせようみたいな計画で向かったのはいいものの
借金まみれでろくに音楽活動もできず、

犬に食べさせるのも苦しく、家財を売ってまでのかつかつの生活だったようです。

天上天下、唯我独尊、我、天才。
FGOでいうところのギルガメッシュみたいなイメージが強いワーグナーですが、

この本から彼の歴史に入ると印象が全然違います。

とても繊細なこころを持っていて、他人のことを常に気に掛けている様子や、
奥さんのことも不仲ではあったものの仲直りしようと何度もトライしていたり
なんといっても動物に対しての優しいまなざしが印象的です。

 
ワーグナーの動物愛護精神

やはりカリスマ性は動物たちにも伝わるのか、
それともワーグナーの動物愛護の精神が自然と伝わるのか、動物のほうからワーグナーに近づき、自然と生活を共にしていたそうです。

だからいつも「自分の犬」という考えではなく、
相棒だったり家族だったり、友達といった感覚で過ごしていました。

首輪をつけて散歩する、なんてことしなかったので
かなり注意は受けていたようですが・・・。
※当時は動物を捕獲する業者がいて、多額の身代金と交換で飼い主に返す、という詐欺みたいなのが流行っていたようです。

幸いワーグナーの相棒たちは犬捕り業者には捕まらなかったそうですが、彼のおもしろいところはなんといっても、そんな人たちへの暴言です。

愛犬が亡くなった時に庭に埋葬するのを反対した家政婦に向かって
「歯向かうならお前をここに埋めてやる!!」と言ったり、

馬車の御者に対して「お前にロープを繋いで鞭で打ってやろうか!」と言ったり、

よその犬の餌を「貧乏スープ」と罵ったり、

奥さんと離婚話になっても動物たちと会えなくなるのを一番に心配したり。

ワーグナーは自ら動物(ペット)を「買う」、ということはしなかったんですね。

現代では「ペットショップ反対」とかそういう風潮も珍しくないですが、当時19世紀はまだまだ動物やペットに対しての扱いは今ほど良いものではなかったのではないでしょうか?

そんな中でも自分の意思をハッキリ言っていたので凄いと思います。

この本に登場するワーグナーの動物愛護精神の数々は、さまざまな哲学や宗教からも影響を受けていました。

生あるものはみな、
「自分がなんらかの苦しみを与えた存在」の姿に生まれ変わる。

ブッダの教え 

近代化によって動物たちがますます虐げられ、
その苦しみは途方もないものになるだろう

ショーペンハウアー

ショーペンハウアーの著書に感銘を受けたワーグナーは、動物実験への批判運動も行い、ベジタリアン思考に転身しています。
ワーグナーベジタリアン説は諸説あり

「みだりに殺生をせず、自分以外の生き物を苦しめないようにする」

これこそが唯一納得のいくこの世の道理。
という考えに至ります。

道行く辻馬車たちに延々と「動物を所有する、という考えを改めなければならない」と説教したり、

鶏肉屋で絞められている鶏をずっと夢にまで見たりするワーグナーには当然の成り行きのように思います。


本書の締めくくりは、

耐えがたい真実に耐えてゆくために、われわれには芸術があるのではないか

とされています。

ワーグナーは自分が死ぬ7年前に愛犬を亡くし、自宅裏に埋葬しましたが、現在、自身もそこに一緒に眠っています。

パルジファル」の「聖なる金曜日」が演奏されたそうですが、本書のとおり、これはワーグナーが音楽というかたちで残した

「生き物たちはみな平等」ということばだと思います。


音楽はもちろん、哲学、宗教、文学、政治、人間の心理など、
様々な分野で活動をしていたワーグナーが、
どういう考えをしていたのか、どんな暮らしをしていたのか、

天才楽劇王の音楽の生まれた歴史を、
違う観点から知ることができる一冊だと思います。


実はわたしはワーグナーとは誕生日が同じで、
昔からなんとなくそれだけで近しい存在のような気がしていました。(おこがましい)

だけどわたしは、ワーグナーの表面上だけの印象だけを見て、あまり良い気はしなかったのを覚えています。

ただこの本に書かれているワーグナーは、自然を愛し動物を愛し、

音楽を愛し国を愛し、

ベートーヴェンを愛し、

ひとつの考えに縛られない自由で情熱的な人でした。

 

 

ワーグナーを知るためのおすすめ本⇩

本書の訳者さん、小山田豊さんのおすすめ本。

 

ちょっと、金額的にわたしには難しいですが、 ワーグナーの歴史はもちろん、彼の音楽が鮮やかに描かれた、すごく良い内容らしいです。

 

以上、ワーグナー入門におすすめの本の紹介でした!